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<ニュースエコー 2018年11月13日>

若者が離れ、人口減少が進む一関市大東町の京津畑という山間の集落についてこれまでもお伝えしてきました。その京津畑に伝わる神楽が、先月、多くの若者でにぎわう東京の渋谷で披露されました。

國學院大學の学生たちとの交流 餅つき
人口120人弱、高齢化率およそ50%の山あいの集落「京津畑」に10月、若者達の声が響き渡りました。伝統的な農村の景観を研究している、國學院大學・吉田敏弘教授のゼミの学生たちです。京津畑とは5年前から交流を続けていて、田植えと稲刈りの時期に毎年、京津畑を訪れています。

(吉田教授)
「学生はほとんどが都会で生まれて都会で育った子たちです。ですから自分の田舎というものも持っていなかったので、こういう農山村での暮らしそのものを全く知らない子供たちが多いんですね」
学生たちにとっては新鮮な稲刈り体験
2泊3日で京津畑を訪れた学生たちは、5月に自分たちで植えた稲の刈り取りを行いました。学生たちにとって何もかもが新鮮な体験です。

今は京津畑でも手刈りはほとんど行われませんが、共同作業に必要な地域の繋がりは今も昔も変わりません。

(佐々木悠也さん)
「自然と共生する中で人間が手で植えるということと、大勢でやることの大切さっていうか、人のつながりを実感できたなと思います」
作業の合間の「こびる」
学生たちのために田んぼを貸している菊池弘子さん、85歳。膝を痛めて稲刈りには加われませんが、作業の合間の「こびる」で学生たちをもてなします。

「何かやっぱり作って生徒たちにご馳走してやりたいと思って、朝4時半から起きて。やっぱりそれも楽しみもあるからね」
自治会の伊東副会長と学生
都会と田舎、若者と高齢者2つ層の交わりが活力になっているのは間違いなさそうです。京津畑で20代はわずか5人。人数の多い60、70代がこれまで地域を盛り上げてきました。自治会の副会長を務める伊東光浩さんは60歳。若者との交流を通して元気をもらう一方で、自分達が年老いた後の京津畑が心配でなりません。

「同年代が10何人かいて、その人たちがまだ元気でやってるからそういったこと出来るんだけど、我々がもうチョット年取るとその辺で終わりかな、そんな感じですね。残念なんですけど」
京津畑と東京都渋谷区の人口分布比較
東京・渋谷。全国から若者を引き付け続ける巨大な街です。5歳刻みの人口は20代~50代の働き盛りがピーク。京津畑と比べると…正反対です。
踊りの特訓を積んできた学生たち
10月27日、その渋谷に伊東さん達の姿がありました。1週間前、稲刈りで交流した國學院大學を訪ね、地元に伝わる京津畑神楽を披露するためです。

國學院大学での神楽の披露は4年目。京津畑を訪れるたびに踊りの特訓を積んできた学生たち4人も、一緒に鶏舞を披露します。

明治時代、各地の農村で神楽がブームとなった際、神楽の名手を村に招いたのが始まりと伝わる京津畑神楽。人口が減る中でも、地域の宝は何とか受け継がれてきました。
渋谷で堂々と舞う「京津畑神楽」
(京津畑出身者)
「子供の頃にやったんですよ。だから何か懐かしかったです。嬉しいです、やっぱり。こういうのが廃れないで続いてほしいなと思います」

高齢化と人口減少で担い手の確保が厳しさを増す中、京津畑神楽は堂々と渋谷に舞いました。

(國學院大學3年・佐々木悠也さん)
「昔の人と今の人がつながっている感じがしますね。やっていると。こういう文化って続けないと残らないと思うので、ここまで残ってきてなおかつ今國學院とかと一緒にやっていくのは文化を遺すうえで大事だと思います」
文化を遺すことの大切さをを考える学生たちと
(京津畑自治会・伊東光浩副会長)
「スゴイですね。こんな立派なこと考えているんですね。俺達がこの頃はそんなこと何も考えてなかった。(続けてきたということが、都会の学生からすると)そういう風に思われてると思うと、更に頑張らなければと思いますね。ついつい弱気になった時も力になる感じがしますね」

人口120人足らずの京津畑と、遠く離れた都会の若者たち。その交流は地域にとっての希望でもあります。
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