X 
IBC岩手放送ホームページでは、広告・番組情報配信、閲覧履歴解析等のためにクッキーを使用しています。このお知らせを閉じるか閲覧を継続することで、クッキーの使用をご承認いただいたものとします。オプトアウトや詳細についてはIBC岩手放送「サイト規定」をご覧ください。

IBC岩手放送

 
<ニュースエコー 2018年7月17日>

人口減少社会の希望を探るシリーズ7回目は、まちの電器店を通して考える人口減少と高齢化、そして東日本大震災です。


 7月6日、大船渡市盛町の商店街である催しが開かれました。電器店の創業60周年を祝う還暦祭です。シャッターばかりが目立つ通りとなってしまいましたが餅つきや大黒舞いで店の節目を祝いました。
創業当時からあるラジオ
 古内電器商会は古内三雄さんミエさん夫妻が1958年=昭和33年に創業しました。2坪半のスペースにラジオが一個置いてあるだけの小さな店でした。

(ミエさん)
「これは私達が商売始めた時のラジオです。これを背負ったり提げたりして、綾里の方までバスで行きました」

 この店が創業した1950年代以降、大船渡市と旧三陸町の人口は右肩上がりで増加していました。

(ミエさん)
「賑やかです、街は。それでね、市があるんです、盆、正月の。ここ両脇でお店がぎっしり並ぶの。もう高田からもどこからもいっぱい来て。そん時、戸板を置いて、私たちは電池とか電灯とかを置いて、テレビも売れました、大きいのが。嬉しかったですよ」
創業当時の古内三雄さん
 古内電器商会は三雄さんの技術力とミエさんの接客を武器に業績を上げていきました。時代は高度経済成長期、テレビ・冷蔵庫・洗濯機の「三種の神器」を持つことは人々の目標でもありました。そして、80年代に入ると家電量販店が登場します。ちょうどその頃、婿に入った現社長の古内一二さんは当時の様子をこう語ります。

(一二社長)
「私がきた頃には量販店が全部で7店大船渡にありましたから。ただ時代もね、今よりもいいのか悪いのか、元気のあった時代だったんじゃないですかね」
変化し続けている「人口ピラミッド」の山
1980年代、大船渡の人口はピークを迎え、その後減少に転じますが、家電販売に影響する世帯数はその後も伸び続けました。一方で・・・。

人口ピラミッドの山が子供から高齢者に移動していく大船渡市の5歳刻みの人口です。1960年代、人口が多い層・上位3つはいずれも15歳未満の子ども達でした。その後、5年ごとの変化を見ると人口の多い層が子供から子育て世代、そして高齢者へとシフトしていきます。直近の2015年の調査で最も人口が多かったのは65歳から69歳の世代でした。店の60年の歩みとともにそこに暮らす人たちも年齢を重ねてきました。
お客さんをサポートする村上さん
 村上重喜さんは古内電器商会に勤めて50年以上のベテランです。この日は還暦祭の告知のためお得意さんを回っていました。顧客の高齢化を実感しています。

(村上さん)
「ごめん下さい」

 40年来の付き合いという臼井タイ子さん、83歳。一人暮らしです。

(臼井さん)
「助かる助かる、もう年だし、みんな古内さん任せ。そうすっとね、ついでにストーブの油入れて頂戴とか、ついでが一杯あるのね」

(村上さん)
「むしろ、そうやって頼まれないと。頼まれる方があてにされているようで、嬉しいです」

 電池や電球の交換のほかにも重いものを運んでもらうなどこまめに訪れる村上さんは、一人暮らしの臼井さんにとって頼りになる存在です。現在、臼井さんのような80歳以上の高齢者の独居世帯は大船渡市内におよそ600世帯あります。まちの電気店は人口構造の変化にあわせて新たな役割も担うようになっています。
三代目、古内一成さん
大船渡市赤崎町。海沿いにあった住宅や店舗は津波で流され住まいは高台に移転しました。

(古内一成さん)
「だいぶ変わりましたね。街並みもそうですし人口的にもそうですし。だいぶ変わった印象があります」

  古内電器商会の三代目、古内一成さん33歳です。関東の同じような家族経営の電器店で修業し、店に戻って5年目になります。

(一成さん)
「お孫さんがいらっしゃるようなお客様、実際に赤崎から抜け出して立根、猪川の方に引っ越しされた方も沢山いらっしゃるので。少子化ということで少なくなっていて、それに震災が追い打ちをかけたような感じはありますね」
地域ごとの人口増減
 大船渡市と旧三陸町の人口はこの20年間でおよそ2割減少しています。なかでも赤崎町は人口減少に東日本大震災が重なり、1998年と比べて、3/4にまで減少しました。一方で内陸部の猪川町、立根町は1割以上人口が増えています。
一成さんもこの日、還暦祭のお知らせに顧客を廻っていました。
 
(一成さん)
「(なんか御用聞きというよりはお茶のみという感じですね)そうですね。7月にまた展示会あるから」

 赤崎町の災害公営住宅に一人で暮らす松木和枝さん90歳です。

(松木さん)
「(震災があって買い物は不便になりましたか?)不便だ不便だ、いいところに移ったけどね。とにかく不便だ。来てもらうと何でも用足してもらえるから。(例えば?)買い物でもなんでも」

 震災の影響で買い物が不便になった赤崎町。訪問のついでに用を頼まれることも少なくありません。

(一成さん)
「自分たちの職業が家電販売だからそれだけに特化している従事しているという従業員はいないと思うので、とにかくお客様のためになりたいというのが根本になると思う」
還暦祭の様子
 村上さんや一成さんの顧客訪問の成果もあって還暦祭は身動きできないほどの賑わいとなりました。そこには灯油を入れてもらった臼井さんや赤崎町の松木さんの姿もありました。時代が変化しても店が地域に必要とされている証です。 

(一二社長)
「私こんなに人が来てくれるとは正直言って思っていなかったんですよね。これが、我々地域にとっては答えが出てるような気がするんですよ」

 三代にわたって人々の暮らしを見つめてきた電器店。人口減少、東日本大震災という二つの大きな変化と向き合いながら「まちの電器屋さん」として地域を支えていきます。
×