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震災発生後から被災地の仮設住宅の住民に支援物資を届ける活動を行っている僧侶が岩手県奥州市にいます。震災10年を迎えるのを前に思いを新たにしています。

 陸前高田市の滝の里仮設団地。一軒一軒声をかけ支援物資を届けているのは奥州市江刺にある真言宗・興性寺の住職司東和光さん72歳です。司東さんの一日は震災犠牲者を供養することから始まります。

(興性寺 司東和光住職)
「大きな災害で多くの方が亡くなった半鐘を整備しお位牌も準備し一周忌の時から(続けている)」

 司東さんは震災発生の5日後、陸前高田市気仙町にある金剛寺に支援物資を届けました。その後も金剛寺に通う中で、仮設住宅で暮らす住民の言葉が胸に残ったといいます。

(興性寺 司東和光住職)
「(仮設住宅が)寒さに弱い暑さにも弱い最初は畳がなかったと聞いた仮設住宅の方々にもお見舞いを続ける必要があるなと」

 2012年から司東さんは、全国の僧侶や檀家などの協力を得て仮設住宅への支援活動を始め、3月11日と9月11日に支援物資を届けるため被災地を訪れています。過去には4日間かけて1500世帯ほど回ったこともありましたが、今ではおよそ80世帯にまで減りました。

 県によりますと、応急仮設住宅の戸数は2012年の1月が最大で1万3228戸。震災発生から9年半が過ぎた先月末現在で、30戸・69人。今残っている住民も年度内には再建した自宅や災害公営住宅へ移り住むことになっています。
仮設団地の自治会長を4年務め、去年亡くなった小野田高志さん夫妻と司東和光住職(右)

頼りにしていた仲間を失うも…



 この日、司東さんは副住職の息子や2人の檀家と仮設住宅を訪れ、およそ20軒に文房具や食料品などのお見舞い品を配りました。

(仮設住宅の住民)
「着の身着のまま濡れたまんまの格好で避難してたから体は震えちゃって」

 司東さんは震災当時の話しに耳を傾けます。

(仮設住宅の住民)
「本当に多くの人達が亡くなって10年経っても忘れられない。心寄せてもらってありがとうございます」

 集会所では住民たちが司東さんを待っていました。半年ぶりの再会を喜ぶなか、昨年亡くなった男性の話になりました。仮設団地の自治会長を4年務め去年6月、病に倒れた小野田髙志さん(享年83)です。

小野田さんは、気仙町の自宅を津波で失い、夫婦で仮設団地に暮らしていました。小野田さんは司東さんが訪れる度、お茶会の会場を確保したり住民へ声かけをしたりして、支援活動に協力してきました。
仮設住宅がなくなっても支援を続けると話す司東住職

震災から10年を迎えるも心の復興はまだ先


 おととし気仙町に引っ越したあとも仮設団地の住民を思い、見回り活動を続けていました。

(司東和光住職)
「みんなにまんべんなく慈悲の心で心配していた」

 司東さんにとって小野田さんは尊敬する存在でかけがえのない仲間でした。司東さんは小野田さんのもとを訪れました。

(小野田さんの妻 タキ子さん)
「(髙志さんは)夜9時になるといなくなるどこに行くのというと(滝の里仮設の)1人暮らしの人に回ってみるんだって。故郷だったから第2の故郷」

 残された妻・タキ子さんの話を聞きながら、浮かぶのは小野田さんの笑顔です。

(司東和光住職)
「長年にわたるお世話に対し私からも感謝とご供養の誠をささげた」
「仮設自体がなくなればそれで1つの区切りになる気もしないでもないが支援は形は変わるかもしれないが続けて行きたい」

 震災から10年を迎えるのを前に、人々の心の復興はまだ先と感じている司東さん。ハード面での復興が進み仮設住宅が無くなったとしても被災者に寄り添う支援を続けていきます。
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