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東日本大震災から来月で8年を迎えます。岩手県盛岡市にある復興支援施設の活動から、被災したふるさとを離れて盛岡で生活する「内陸避難者」の今を取材しました。

2月16日、盛岡市内丸にある「もりおか復興支援センター」で、機織りの手芸教室が開かれました。教室はこの日が初めての開催です。参加した人たちは使ったことのないという機織り機の扱いに苦労しながらも、熱心に糸を編んでいきます。教室を開いたのは被災者の心のケアに取り組む、震災応援チーム「アートdeセラピー」です。

(川村久子さん)
「機織りだけではなくて、まずはコミュニケーションの場として、集っていただくということ。心の中にある物を吐き出していただくというのが、1つの目的になります」

 手芸教室に参加したのは震災後、沿岸被災地から引っ越し、今、盛岡とその近郊で暮らす内陸避難者たち。震災から8年近くが経った今も、センターで開かれるイベントには多くの人が訪れているのです。

Q.いまは1人暮らしですか? 
(参加者)「ええ、いま1人です。不安もあるけど、ここのセンターがあるうちは楽しいですね。なくなればまた寂しいと思うけどね」
「釜石にいてこっちに来て。あっちにいたら、また違う気持ちになったんだろうけど、いまここにきて、自分は楽しくこんな物づくりできるから、これはこれでいいかなと思うようにしてました」
災害公営住宅が整備され「定住」を決意する人も増えている

「復興のステージ」で変わる課題


 「もりおか復興支援センター」は、震災の混乱が続く2011年7月、沿岸から内陸に避難した人たちの支援、活動拠点として盛岡市が開設しました。当初は救援物資の送り出しや、受け渡しの場所にもなりました。
 センターはその後も、盛岡に避難した人たちの生活相談や、心のケアにあたりながら、定期的なお茶会の開催によるコミュニケーションの場づくりなど、復興のステージにおいてその果たす役割を変えながら、被災者に寄り添ってきました。

(もりおか復興支援センター・金野万里さん)
「2011年、12年、13年とたくさんの方々がいらっしゃって、その後いったん落ち着いたんですが、その後また色々な状況が変わってきたことで増えていまして、ここ2、3年はまた増える傾向にあります」

 「もりおか復興支援センター」の年間利用者数の推移です。震災の翌年から年々減少し、2016年度には利用者数が1万人を割ったものの昨年度、今年度と再び増加に転じています。盛岡市内では災害公営住宅の整備が現在も進められていて、盛岡での定住を決意し入居を予定する人たちから、住まいと暮らしに関する相談が増えているといいます。

(金野さん)
「震災を起因とする課題というのは、被災者の方々にとっては、なかなかなくならないものだと思っています。最後のお一人まで、しっかりお聞きする場を設けておくべきだなと思っています」

 センターでは現在も、お茶会やサークル活動などがほぼ毎日開かれていて、内陸での生活に不安を抱える多くの人たちにとって、8年近く経った今も大切な場所となっています。
「何か残さないと悔しい」との思いに応える「語り部」の講習会

内陸避難者の「よりどころ」として


 一方で震災から8年を契機に、津波の記憶の風化を防ごうと、自分たちだからこそできる新たな取り組みを始める人たちもいます。

(語り部練習会)
「みなさんにぜひ呼びかけたいな、というタイミングでは皆さんを向いていいですが、基本的には私の方を向いてお話しいただいて…」

 今月12日、震災当時の経験を語り継ぐ、語り部の練習会が行われました。参加したのは沿岸から盛岡に避難して暮らす、60代から70代の男女6人。来月、3月11日にもりおか歴史文化館で開かれる追悼行事「祈りの灯火2019」の中で、語り部として体験を話します。
 この日の打ち合わせでは、当時の避難所生活などを、1人ひとりが記憶を手繰り寄せるように話しました。
 参加者の1人、小笠原明子さんです。小笠原さんは震災当時、務めていた大槌町の保育園で被災しました。

(小笠原さん)
「2人のお母さんが子供を迎えに来たんですね。1人のお母さんは保育園に、本当に近いおうちのお母さんでした。本当に私は大きな大きな、何とも言えない失敗をしています」

 小笠原さんは震災当日、保育園を利用していた親子2組が、保育園から自宅に帰る途中に津波に襲われ犠牲になった、自身にとって忘れられない体験を、語り部として初めて多くの人の前で話します。

(金野さん)
「皆さんいろんなものを失われたんだけれども、やはり何か残さないと悔しいという言葉を聞きました。しっかり伝える、残すということが必要だなと感じたんですね」

 「もりおか復興支援センター」を中心にした内陸避難者の輪。被災者が望む真の復興、そして津波の教訓を語り継ぐ。過去から未来へとつなぐ発信・交流の場は、今も多くの人たちの拠り所です。
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