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津波で甚大な被害を受けた、岩手県宮古市・田老地区出身の男性がこの秋、警察官としての第一歩を踏み出しました。震災を風化させない。被災地への思いを胸に奮闘する姿を取材しました。

北上駅前交番に勤める延足尚哉巡査。宮古市田老出身の23歳です。先月、県警察学校を卒業し現場に配属されました。震災から7年7か月経ったこの日も、先輩から指導を受けながら、警察官の日々の業務を学んでいました。

「初めての人渡しでしょ」
「初人渡しです」
「車に気をつけて、車に背を向けないように」

 この日は北上駅前の通りで、交通指導を行ったほか、地域の高齢者などを訪問する、巡回連絡を初体験。

「今度参りました延足と申します。ごあいさつに参りました」
「10月から北上駅前交番で勤務することになりました、延足尚哉と申します。これからは北上市の安全を、しっかりと守っていきたいと思いますので、よろしくお願いします」

 「地域のお巡りさん」として、一日でも早く顔を覚えてもらえるよう努力しています。

 正午、交番に戻り昼食です。ようやく、緊張していた延足さんの表情も、少しだけ和らぎます。

「学生時代も自炊してました。一番簡単なんで、おにぎりが。時間もかからないし」
「ちゃんと作ってくればよかった」
今年4月、警察学校の入校式で抱負を語る延足尚哉さん

中学3年の時に被災 祖母が行方不明に


延足巡査と初めて会ったのは、今年の4月に取材した、県警察学校の入校式でした。

「震災が起きて、祖母の方を亡くして。安心安全を守って、少しでも多くの方々の幸せにつながればな、そういう仕事に就ければなと思い警察官を志望した」
「両親と弟とばあちゃんと5人暮らししてました。ずっと」

 2011年3月11日、震度5強の揺れと巨大な津波が宮古を襲い、特にも延足さんが生まれ育った田老地区は、壊滅的な被害を受けました。当時中学3年生だった延足さんは、通っていた田老第一中学校から避難した山の上で、迫りくる津波を見ていました。

「最初はなんか砂埃が舞うんですよ、津波が来ると。街なかが砂埃が舞って、その後に水、津波が来て、いろんなものが壊れる音とか。一緒にゴオーってきて。本当に夢なんじゃないかなって最初は思って。映画とかそういう世界、映像でしか見たことがなかった。テレビ越しとかでしか見たことが無かったので、そういう状況を」

 延足さんと両親、弟は無事でしたが、たろう観光ホテルのそばにあった自宅は全壊。一緒に住んでいた祖母のハツさんの行方はわからず、今も見つかっていません。

「(祖母は)ふつうに多分、家にいたと思います。ただ足がよくなかったんで、避難できなかったんじゃないかなって」
「震災を風化させない」思いを強くした、月命日の集中捜索

被災者として、そして警察官として


中学卒業後は好きなサッカーに取り組むため強豪、遠野高校に進学。その後、県立大学に進学し就職について考えた時、頭に浮かんだのは7年前。変わり果てたふるさとで懸命に活動していた警察官たちの姿でした。

「震災があって、そのなかで警察官の活動を見てきたからこそ、就職を考える時期にも、警察官っていうのが頭に浮かんだしっていうのはあると思います。実際に警察学校で一回だけやったんですよ、集中捜索。学生で山田町の方に行って、その時、集中捜索って初めてやったんですけど、思った以上にきつくて。海岸で土を掘り起こしてやるんですけど、1時間もしないくらいできつくなって。それを毎年大人数でやって頂いてるっていうのは、すごいありがたいなっていう。被災者の立場としては思いました。そういった活動をし続けることで、忘れることがないと思うんですよ」

 震災を風化させないために。そして、いつか地元宮古に戻り、安心と安全を守る警察官として、復興に貢献できればと考えています。そんな延足さんが目指すのは、地域の住民との関わりを大切にする、思いやりのある警察官です。

「できないところからのスタートなので、先輩、上司の方にも日々指導を頂いて、業務をしてるんですけど、迷惑をかけてるなって思いつつ、早く覚えて自分でもできるようにしなきゃなって思いながらやってます。そういった姿を、きっとおばあちゃんも見てくれていると思うので、一生懸命がんばって行きたいと思います」
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