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東日本大震災後、急激な人口減少が進む被災地で、「関係人口」を増やそうという取り組みが今注目を集めています。岩手県釜石市に住む家族の取り組みを通して、復興へとつながる関係人口創出の意味を考えます。

 10月7日、釜石市両石町の漁家・久保宣利さんの自宅です。バーベキューを楽しんでいるのは東京や埼玉、山形などから連休を利用して訪れた若者たちです。

(久保宣利さん)
「皆さんからいろいろ差し入れ頂きまして本当に感謝です」
(若者)
「うまーい!」

 若者たちがこの地を訪れることになったのは、東日本大震災の直後の学生ボランティアがきっかけです。以来、社会人になった後も年に何度も釜石に足を運んでいて交流は続いています。

(青森県出身の酒井涼さん)
「最初ワカメの作業のお手伝いから入ったんですけど、すごく面白くて。初めてでこちらも緊張していたんですが、場をほぐしてくれて楽しく作業できたのを憶えています」

 こういった人たちは今、「関係人口」と呼ばれ、地域づくり、そして復興へとつながる新たな担い手としてその可能性に期待が膨らんでいます。
「大学生のボランティアが気持ちを明るくしてくれた」と語る久保宣利さん

被災地と多様な関わりを持ち続ける人たち


 関係人口とは移住を伴う「定住人口」でもなく、観光などに訪れた「交流人口」でもない、そこに暮してはいないものの地域や地域の人々と多様に関わりをもつ人々のことを言います。沿岸被災地では震災以降、派遣職員やボランティアとして被災地を訪れ役割を終えた後もその関係を維持する人が数多くいます。そういった人達を増やすことがまさに「関係人口」の創出なのです。

 両石町は津波により地区292世帯のほとんどが流され、45人が津波の犠牲になりました。海抜21メートルの高さまで盛り土をして新たな住宅地を作りましたが、当初の計画から3年以上遅れ今年4月から宅地の引き渡しが始まりました。先月末現在の地区の人口は223人。震災前の3割に留まっていて人口減少はまちの大きな課題です。

 久保さんが特にも懸念しているのは、基幹産業である漁業の担い手不足です。

(久保さん)
「担い手をどうしようかという漁業者の取り組みもしていて、メンバーに選ばれて一緒にやってはいるんですが難しいんだよね」

 27歳で父の後を継いだ久保さんは、ワカメとコンブ、ホヤの養殖を中心に漁業を営んでいます。久保さんは妻と3人の子供の5人家族。津波で家も船もすべて失った久保さんのもとを大学生のボランティアが訪れたのは、震災翌年のことでした。全国から来る若者たちとの交流は、沈みがちだった久保さん家族の気持ちを明るくしました。

(久保さん)
「仮設にずっと住んでいたんで。仮設の中は同じ人しか顔を合わせなかったから、いろんな土地の話を聞けるのですごく楽しかった。それが今でもまだ続いているんで、このままその子たちが友達連れてきて続いていくのかな。楽しみにしています」
久保家の宝物の「ノート」 7年で13回訪れた「ファミリー」も

「久保ファミリー」の絆


 久保さんは今年7月、ふるさと両石に家を再建しました。久保さんのもとを訪れた200人以上の若者たちがメッセージを残してくれたノート新居の宝物です。

(久保さん)
「これがうちのちょっとした宝物で、今まで泊まってくれた子たちが全部これに載ってるので。今もう2冊目になったんですけど、2冊目もあと少しで終わりなのでこれが3冊目にいけばいいと思ってます」

 若者たちからはこんなプレゼントも…。

(久保さん)
「若者みんなで、新築祝いしたいと大漁旗を作ってもらって持ってきてくれた」

 久保さんの元を訪れる若者たちは、自分たちのことを「久保ファミリー」と呼びます。そして、ここで初めて出会い交流が始まる若者もいます。

「私たち初めて会ったんですけど、活動の時期がバラバラでもこういう機会があると繋がれるのは本当にいいです。学生の頃から」「家族みたいに迎えてくれるので、すごく居心地がいいんです」

 新居でのバーベキューです。久保さんが採った自慢の海の幸が振る舞われます。

(久保さんの妻・志乃芙さん)
「(新築後)バーベキュー初めてで、今回こうやって集まってくれるからやろうかなと思って。いいですね!いいですね!夢でした」

 久保さんの子供たちにとっても若者たちは家族のような存在です。

(二男の逞くん)
「フレンドリーというか、家族みたいな感じなのでいつもより楽しいですね」

 久保さんの家を訪れる若者たちは7年と言う時間をかけてゆっくりと、両石、そして釜石のまちの良いところ、弱いところも理解していきます。

(久保家を13回訪れた中澤将司さん)
「あっという間に7年が経って、ようやく家が出来て、特に子供たちが思春期を迎えていたんで、やっとここからスタートというか。ここからやっと久保さんちの家族がスタートしたと思っていて、今後も長い目で一緒に過ごしていけたらいいなと思っています」

(久保さん)
「これからもずっと続いていく繋がりになっているので、うちらもそれを糧に頑張っていける。お互い成長していければいい」

 震災から7年半。若者たちの成長を、久保さんはわが子のように楽しみにしています。地域、住民と深く関わり家族との交流が、やがてまちの復興へとつながる。そんな絆こそが被災地での関係人口創出の意義と言えます。
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