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震災から7年半。月日の経過と共に記憶の風化も問われる中で、静岡県掛川市から岩手県陸前高田市へ支援に訪れた団体の活動を通じ、被災地に直接足を運び、復興を見つめることの大切さを考えます。

 8月19日、津波で壊滅的な被害を受けた岩手県沿岸南部 陸前高田市に、静岡県掛川市から来た支援団体の姿がありました。当地を指す「遠州(えんしゅう)」の地名にちなんで「協働遠州」と名付けられたプロジェクトです。この日は観光施設で地元・掛川の特産品を販売し、売り上げを陸前高田市に寄付しました。
 中心メンバーの1人、齋藤一さんです。震災直後に支援団体を立ち上げ、震災から7年半近く経った今も被災地に出向き、復興の状況を確認しながら活動を続けています。

(齋藤さん)
「炊き出しやお茶会をやっている時に、高齢者の方から『静岡の人にはこんな思いをしてほしくない』とお話しいただいて」

 被災地で見聞きした経験を地元に持ち帰り伝えることで、掛川でも起きるかもしれない災害に備える。齋藤さんは被災地に行くことは「単なる支援に留まらない」と、その意義を見つめなおすようになったといいます。
大学生や高校生のボランティアが被災地で多くの「発見」をする

「被災地支援」に幅広い世代が「共感」


齋藤さんの活動に、いま幅広い世代が共感しています。

(大学生)
「こんにちは。掛川市から来ました。良ければ冷たいお茶をどうぞ」

 茶摘みの衣装に身を包んだ大学生ボランティアです。名産の「掛川茶」を勧めながら特産品を売り込みます。
 一方こちらは…。

(高校生)
「行きます。お茶?これだけで?」

 掛川工業高校の3年生です。慣れない接客に懸命に取り組む高校生たち。この世代の広がりこそ、齋藤さんたちが被災地支援で得た最も大きな収穫です。

(齋藤一さん)
「高校生、大学生一人ではなく、その後ろに親御さんとか、おじいちゃんとか弟妹がいる。大人の交流の範囲とは違った範囲に伝わると思う」

「被災地の支援につなげたい」と商品を売る自分たちと、「買うことで貢献したい」と言うお客さん。立場が逆でも、目的は一緒だという発見が、若者たちを後押ししました。

(大柳貴柾さん)
「今までテレビで見るだけだったので、こうして直接関わることが出来て、やりがいを持つことができた」

(高橋孝輔さん)
「被災したところを支援したいという気持ちは、みんなあるんだなと感じました」
「前を向くことの大切さ」を学ぶ高校生たち

津波の猛威を目の当たりにして・・・


(バスの車内)
 物産展も軌道に乗り始めたころ、高校生たちは売り場を離れ、海沿いへと向かいました。今も津波の爪痕をそのまま遺す建物。震災の悲しみと復興への喜びが隣り合わせの被災地の現実に、いつのまにか口数は減っていました。

 一行は、津波により名勝・松林と砂浜を失った高田松原の再生プロジェクトを見学しました。ここではNPO「高田松原を守る会」が、再生する8ヘクタールのうち2ヘクタールを県から任され、来年までの3か年計画で1万本の松の苗を植樹しています。

(守る会・千田勝治副理事長)
「押し寄せた津波や引き波で、行ったり来たりしたもんだから、木が捻じれてこういう風にちぎれてしまった」

 震災当時の写真を使って説明する、会の千田勝治副理事長。津波の猛威を目の当たりにして、高校生たちは驚きを隠せません。

(鈴木晟礼さん)
「ここまでヒドイとは思っていなかったです。元の高田松原を戻そうとする力はスゴイと思いました」

 高校生たちは植樹した場所の下草を刈る作業を手伝いました。下草とは言っても、わずか半年で松の苗が見えなくなるほどに成長し、松の生育を妨げてしまうのです。
 暑さの中、東京、秋田、埼玉、そして地元のボランティアに混じって汗を流します。

(高橋和也さん)
「秋田の方や埼玉の方、他県の方からもボランティアにきていて、そこに人の力強さを感じました」
 
 想像もつかなかった被害を受けながら、力を合わせ松原を取り戻そうとする人々。高校生たちは前を向く事の大切さを感じとっていました。
自分の目で確かめた「被災地の今」をふるさとへ伝える

「被災地」での経験を、「これから」へ


(拍手)
 一方、物産展は見事完売。高校生たちの表情は充実感にあふれていました。


 一行は、陸前高田の最後の地として海抜約10メートルにかさ上げされた高台へやってきました。店舗や住宅が建ち始めた一角に移転した、津波犠牲者の追悼施設です。

(齋藤一さん)
「残っているのは鉄筋コンクリート。木造家屋はほとんどなくなったのが、これで分かると思います」

 目に見えて進んできた復興と、その隣に広がる今も手つかずの被災地。あまりにも大きすぎる津波の被害と、前を向こうと助け合う人々。被災地に直接足を運ぶことでしか分からない、表現が難しい独特の感覚です。

(石原正直さん)
「これだけ年月がたってるんですけど、来てみると復興がまだ追いついてない部分も沢山あって、やっぱり直接来てみないと分からないことが沢山あったので、この経験を無駄にせずにこれからの生活に活かして、沢山の人に伝えて行ければと思った」

(齋藤一さん)
「高校生や社会人たちは、これから10年20年後に社会の中心になっていくので、その人たちがこうした経験をしてよりよい社会づくりをしてもらえればいいと思う」

 3日間かけて陸前高田を始めとする沿岸部を見、支援した掛川の人たち。被災地・復興に寄り添う事の意味を確かめ、今度はふるさとで、自分達の感じた「被災地の今」を伝えます。
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