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岩手県大槌町に伝わる伝統芸能「金澤(かねざわ)神楽」が、先日行われた北上・みちのく芸能まつりに初めて参加しました。その踊り手をまとめるのは、震災を機に神楽を伝承しようと強く意識した女性でした。
 毎年全国から多くの民俗芸能団体が参加する北上・みちのく芸能まつり。今年は120を超える団体が参加しました。今回初めて参加した、大槌町の金澤神楽です。扇子を回し、力強く華麗に舞うのは踊り手のリーダー太田未彩希さん(30)です。

(太田未彩希さん)
「(金澤神楽は)力強さがあり、優雅なところもある。扇子さばきは注目」

 大槌町の内陸部、金沢地区に伝わる金澤神楽。太田さんは3歳から金澤神楽愛好会の副会長だった祖父と踊り手だった祖母の影響で神楽を始めました。5歳で両親とともに海沿いに引っ越してからも、祖父母のもとに通い神楽を習いました。

(太田さん)
「もの心ついた時から祖父に習って踊っていたので、私の中では(金澤神楽は)自然な感じ」
(祖父・佐多志さん)
「活発な女の子だった教えると最後まで頑張った」
(祖母・トワさん)
「ばあちゃんの動作その通りにやらないと気がすまない子だった」

 金澤神楽は今から200年以上前山伏によって金沢地区に伝えられたとされています。本来の演目は12幕ですが、現在は祝いの舞である「庭舞」と「御神楽」の2つが演じられています。

(祖父・佐多志さん)
「続けてほしい。郷土芸能だものね。みんながんばってきたんだからついえてしまっては…」
震災をきっかけにメンバーは13人に増え、太田さんの指導にも熱が入る

震災で「神楽の力」を再認識


本番を一週間前に控えたこの日、芸能まつりに向けて練習会が行われ、太田さんは、踊り手の中心となっている町内の小学生から高校生までのメンバーに指導していました。かつて踊り手は男性だけでしたが、出稼ぎなどで男性の踊り手が少なくなり、次第に女性が中心となりました。今、踊り手は全員女性です。

(太田さん)
「私が小さいころからばあちゃんたちが中心に踊っていた。衣装も赤とか花柄とか女性向きになっていった」

 金澤神楽は、現在踊り手とお囃子合わせておよそ20人で活動しています。後継者不足で踊り手は一時4人にまで減りました。今の人数までメンバーが増えたきっかけは、東日本大震災でした。
 
 大槌の実家で被災した太田さん。家は津波で全壊し、自身の神楽の衣装や笛は流されました。それでも太田さんは、震災発生から2か月後、内陸部の祖父の家に残っていた衣装などを使い町内の避難所で公演を行いました。

(太田さん)
「(避難所で)慰問活動をすると、私たちの踊りをみて涙を流す人も方もいた。町のため復興のために力になれたらと。(自分にできることは)神楽を踊ることしかなかった」
 
 震災で神楽の力を再認識した太田さん。大槌町内で仲間を募り、それをきっかけにメンバーが増えていきました。4人だった踊り手は、今13人になりました。

(踊り手)
「(なぜ金澤神楽を習っている?)大槌の祭りが好きだし、踊っているのが楽しいから」「(未彩希さんは)自分の目線になって話してくれて、お母さんかお姉さんみたいで頼もしい」「(未彩希さんは)踊りうまい。華やかに舞う」
(太田さん)
「震災時に北上含め内陸の方にお世話になった。今回の祭りで感謝の気持ちを伝えたい」
「大槌の元気」を届ける金澤神楽を、次世代へと繋げていく

大槌の「復興」を神楽で発信


いよいよみちのく芸能まつりの当日です。北上の諏訪神社で参拝し公演が始まりました。この日は北上市内3か所で公演です。しなやかで息のあった踊りで観客の目を引きます。終了後は休む間もなく次の会場へ移動し踊りを披露します。この日、北上の最高気温は31.5度。暑さとの戦いです。

(子供たち)
「(体力どうですか?)ないです…」

 夕方、力を振り絞りメインの舞台に臨みます。

 最後まで華やかに踊り切りこの日の公演を終えました。

(観客)
「女の子たちがいい動きをしながら祝っている。いい神楽」「すごくいいなと思った。女性だけっていうのも珍しい」

(踊り手)
「疲れたけど楽しく踊れた」「これからもたくさん練習して上手く踊れるようになりたい」
(太田さん)
「大槌が元気でいるよということを届けられた。次の演目にチャレンジして次の世代に残していきたい」

 震災発生から7年5ヵ月。神楽を継ぎ、町の復興を発信するため、太田さんは仲間たちと踊り続けます。
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