X 
IBC岩手放送ホームページでは、広告・番組情報配信、閲覧履歴解析等のためにクッキーを使用しています。このお知らせを閉じるか閲覧を継続することで、クッキーの使用をご承認いただいたものとします。オプトアウトや詳細についてはIBC岩手放送「サイト規定」をご覧ください。

IBC岩手放送

 
 復興の基幹インフラとして整備が進む、三陸沿岸道路。被災地では青森県八戸市から岩手県を通り、宮城県仙台市までを縦に結ぶ三陸沿岸道路を「復興道路」、さらに宮古と盛岡、釜石と花巻を横に結ぶ自動車道を「復興支援道路」として位置づけ工事が行われています。
 こうした道路の開通で宮古-仙台間は5時間から3時間半に。宮古-盛岡間は2時間から1時間半に移動時間が短縮されます。
 この三陸沿岸道路のうち11月に開通した「山田宮古道路」にスポットを当て、三陸沿岸道路の整備効果を考えます。


 11月19日、宮古市で三陸沿岸道路山田宮古道路の開通式が行われました。

(山本正徳宮古市長)
「長年の我々の願いが、一つひとつ達成される思いを、皆さんとともにうれしく味わいたいと思います」

 この日開通した山田宮古道路は延長14キロで、2013年6月に工事が始まりました。

(リポート)
「山田町豊間根です。ここはかつては、一面の田んぼが広がっていた場所でした。それが工事着手から1年半で、ルートの全体像が見えるまでに工事が進んでいます」

 事業費は570億円。道路に使われるブロックを、工場で製品化するなどして人手不足を補い、着工から4年半を待たずしてのスピード完成です。開通式には1000人以上が参加し、郷土芸能が披露されたり、サケ汁やアワビの蒸し焼きが振る舞われて、道路の完成を盛大に祝いました。

(住民)
「今まで待っていました。山田に行くにも峠を越えなくてはならない。(開通で)峠を越えなくても山田にも行けるし、釜石に用事があってもいける」
「最高。待っていた道路ですから。災害に強い道路で地区の人も、産業発展のためにも良いと思う」
震災を受け、国は「三陸沿岸道路」を10年で全線開通させることを表明

「幻の道」が初めて開通


 住民たちがそれほどまでに喜ぶのは、これが1区間の開通に留まらない大きな出来事だからです。
 東日本大震災を受けて国は2011年7月、三陸沿岸道路を10年で全線開通させることを表明。手つかずだった148キロの予算が、その年の11月に可決されました。震災前はルートすら決まっていなかった、いわば「幻の道」が一気に現実味を帯びたのです。そしてその新規事業化区間で、最初に開通したのがこの山田宮古道路です。

(石井啓一国土交通大臣)
「三陸沿岸地域の復興まちづくりを、力強く後押しするものと期待。全区間を平成32(2020)年度末までの開通を目標を立てているので、しっかりと進めていきたい」
「三陸沿岸道路」は運送ルートを大きく変える

3年後の「全線開通」を見越した動きも


 三陸沿岸道路の全線開通まで3年余り。被災地では既に開通を見据えた動きが出ています。
 ヤマト運輸はこれまで、一度盛岡を経由して運んでいた沿岸の荷物を、三陸沿岸道路を使って直接、仙台に持っていくルートの構築を進めています。


(ヤマト運輸岩手法人営業支店・齊藤哲也支店長)
「関東圏に三陸の新鮮さをもっとPRしたい。(扱いや運び方も)変わってきます。運輸業界はかなり待ち望んでいたと思う」

 そして来年6月から、宮古と北海道の室蘭を結ぶ県内初のフェリー定期航路の開設も、三陸沿岸道路が決め手でした。三陸沿岸道路は移動時間の短縮はもちろん、冬の時期でも雪が少なく、さらに通行が無料です。観光客だけでなく、貨物の需要に期待を込めています。

(川崎近海汽船・赤沼宏社長)
「荷物が増えてくれば、フェリーも大きくして新しいものを投入する。早く実現するためにも、復興道路の全通を待ち望んでいます」

 急峻な山道が続き、迂回路すらない沿岸の道路事情は、道路整備による通過、空洞化の懸念を議論する以前の深刻な状況にありました。被災地の復興の象徴であり、最大のハード整備といえる三陸沿岸道路。これをスタートラインとして、活かす取り組みが求められます。
×