IBC岩手放送

 
ひと針ひと針心をこめて縫い上げる手仕事の「刺し子」。岩手県大槌町では東日本大震災で被災した女性たちへの支援として始まった「刺し子」を、地域の新たな産業にしようと取り組みが進んでいます。刺し子に携わる女性たちを取材しました。

大槌町の住宅街に建つ一軒のアパート。ここの一室を借りて女性たちが何かを作っています。布地に糸を縫い上げて美しい模様を描く「刺し子」です。

(刺し子に取り組む女性)
「刺し子自体は知っていたけど自分でやるという気持ちも無かったけどやってみたら楽しいし津波の当時ですから嫌なことも忘れる夢中になれる無心になれる」

 手縫いの仕事に熱心に取り組む女性たちは、東日本大震災の被災者です。「大槌復興刺し子プロジェクト」は被災して落ち込んでいた女性たちのためにいきいきと働ける場所を作りたい、と京都のNPOが中心となって2011年に始まりました。

(大槌復興刺し子プロジェクト 佐々木加奈子さん)
「針と糸さえあれば小さいスペースでも もの作りできるというので刺し子を選んだ」

 刺し子は全国に古くから伝わる手芸の伝統的な技法で、大槌では農業や漁業などの生活の中で受け継がれてきました。

(刺し子に取り組む女性)
「田んぼや畑仕事する人たちが着る着物、それを丈夫にするため昔は木綿だけだから切れやすい。今のような化繊じゃないからその弱ったところをこのように縫って細かく刺して丈夫にするために」
「刺し子をしていると、いろいろ考えなくていい」と語る大澤美惠子さん

震災後「刺し子」は心の救いだった


 最初は津波で被災した女性たちの心のケアとして始まった刺し子プロジェクトでしたが、今では年4回刺し子の工芸品づくりが盛んな岐阜県・飛騨高山から講師を招き技術力の向上に本腰を入れるまでになりました。

(大槌復興刺し子プロジェクト 佐々木加奈子さん)
「商品を作るいい商品を作る気持ちのこもったモノを作る(最初の頃より)気持ちは変化していると思います」

 現在、刺し子に取り組むのは20代から90代までの町内の女性25人です。

「これね、クルミボタンなんですよ」

 大澤美惠子さん67歳です。

(大澤さん)
「この物置が全部隠れたんです」

 夫と二人で暮らす大澤さんの自宅は大津波が1階の天井まで押し寄せました。勤めていた花屋の経営者が津波で亡くなり、仕事を失って鬱々とした気持ちだった大澤さんにとって刺し子は心の救いだったと話します。

(大澤さん)
「いろんなことを考えなくていいものこれやってると考えてると間違うからホントに手先を見てやるだけこれに救われたというのがあります震災後お陰様だってほんとにそう思う」

 プロジェクトの一環で大槌の刺し子は海外でも販売され、大澤さんはおととし、仲間と二人フランス、イギリス、イタリアを訪れて現地の女性たちに刺し子の魅力を伝えました。そして今大澤さんが取り組んでいるのは…。

(大澤さん)
「知ってる人にあげようと思って作ったんですよ。津波で被災して去年新築したって言うからじゃお祝いにあげようかなと」

 自宅を再建した友達にお祝いとして贈るテーブルクロスです。

(大澤さん)
「震災に遭ったおかげでっていえばおかしいけど嫌なこともいっぱいあったけどその中でも救われることもあったから良かったかな」
様々な思いを、ひと針ひと針に込めて・・・

支援から「地域の新たな産業」へ


 大槌町の刺し子は今年、大きな転換点を迎えました。7日、東京で始まった国内の名だたる工芸品が並ぶ大規模な商談会にバッグ類を中心に出品しています。商談会には有名百貨店のバイヤーなどが訪れ、その目にとまれば新たなビジネスチャンスが生まれます。
 被災者の支援から始まった大槌の刺し子を地域の産業に育てたい。プロジェクトはいま支援の枠を離れて独立して採算が取れる産業を目指して技術の向上に真剣に取り組んでいます。

(刺し子の指導)
「一直線にやってくるでしょうそして隣の列に移るときにはここの間通して隣に行ってほしいの」

 一方で、携わる人たちの多くが高齢者のため技術の継承には若い世代へのアピールが必要でもあります。

(大槌復興刺し子プロジェクト 佐々木加奈子さん)
「刺し子というのがどういうものなのか若い人たちには知られていないし、知られていないと興味を持つこともできないだから情報発信をしないと若い人たちも興味持ってくれないかな」

 震災で折れそうだった心を支えてくれた刺し子。大槌の自然や風土を、縫い込んで全国に届けたい。女性たちは支援への感謝と産業化を目指す気持ちをひと針、ひと針に込めています。
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