IBC岩手放送

 
岩手県内で仮設住宅や、みなし仮設住宅に暮らす人は12月31日現在、8093人にのぼります。シリーズでお伝えしている「仮設住宅は今」。子どもたちの帰省を楽しみに、復興の歩みを進める故郷で暮らす陸前高田市の女性を訪ねました。

 陸前高田市竹駒町。最大29世帯が住んでいた細根沢仮設団地は、自宅の再建や災害公営住宅への入居が進み、9世帯にまで減りました。
 夫婦で暮らす菅野光江さん(65)です。30代の息子3人は、県内・県外で独立しています。震災の津波で気仙町にあった自宅を失いましたが、家族は無事でした。
 菅野さんが初めて自宅跡に行ったのは2011年の3月末。土台だけが残り、思い出の品も何もありませんでした。

(菅野光江さん)
「『あそこに、私の物がある、子どもの写真がある、あるのに取れない、無くなった』と辛い思いをするよりは、(津波が)キレイにお掃除してくれて、片付けも無く、返って良かったかなと思った」
「気仙町に戻りたくて待つしかなかった」と語る菅野光江さん

仮設住宅に暮らして6年半


2011年7月から仮設住宅での暮らしが始まりました。子どもたち3人が帰省しても仮設に泊まるには狭すぎます。そこでこちらの集会所を借り、布団を持ち込んで休ませましたが、朝には掃除をして明け渡さなければなりません。

(菅野光江さん)
「以前だったら、2階の部屋に好きなぐらい寝て『起きたい時に起きてもいいよ』という形で、泊まりにしても、お盆お正月に来ても、そのようにしてあげられたのに、それができなかったことが、情けなかったです」
「まさか6年半もここで暮らすとは思っていなかった」
(Q.これだけ長引いたはのはどうして?)
「土地。(気仙町)今泉の高台に戻りたい気持ちがあったので、待つしかないと思っていた」
氷上山と一本松が見渡せる高台

復興が進む「ふるさとの風景」を見つめて


自宅を再建中の気仙町の高台に案内していただきました。4月には仮設を出て入居する予定です。

(菅野さん)
「どうも御世話様です。昨日と随分、違いますね。昨日、来た時には床が無かった。サッシも無いし、屋根にも瓦が無いし、今日は瓦が上がっていましたし、一日でこんなに違うんだなってビックリしました」

 陸前高田で生まれ育った菅野さん。気仙町に戻りたいのは、以前の近所の人たちが住むという安心感と共に、そこにふるさとの風景があるからです。

(菅野さん)
「ここが気に入っています、毎日、氷上山が見られるのが。引っ越したら、散歩して、眺めたいと思います。一本松も見えますよ、スゴイですよ、ここ」

(菅野さん)
「子どもたちが住んでいなくても帰る場所、来る度に変わっている姿を見てほしい。よくここまでになった。津波の後は住めない所かと思った、まさかまちができるとは。上から見られるのは複雑な気持ち。自然の力もスゴイが、人の力もスゴイ」

 まちの姿は変わっても、菅野さん家族にとって、気仙町は「ふるさと」なのです。
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