IBC岩手放送

 
岩手県宮古市田老地区には、1946年から続いている「体育大会」があります。今年で71回目。震災後も続く、この地域最大のイベントから見えてきたのは震災からの復興、そしてコミュニティー再生の難しさです。
 秋晴れのもと行われた田老地区体育大会です。住民だけでなく、復興工事や姉妹都市の関係者も駆け付け、およそ800人が参加して盛大に開幕しました。

(選手宣誓)
「何度も津波の被害を受けながらも乗り越えてきました、その田老人のあきらめない力を発揮し、全員が主役となり協力し合い正々堂々戦うことを誓います」

 アワビや、ウニに見立てたタワシを漁具を使って獲る恒例の「田老名物」など、参加者はふるさとの特色を生かした種目の数々に挑戦し、心地よい汗を流していました。

(参加者)
「地区の皆さんが一堂に会して1年に1回でもお会いできる機会だと思います」
「皆元気が出るようで良いです」
「いろいろな世代と一緒にできて楽しいです」
震災で自治会が解散 「自由参加型」の大会が続いている

歴史ある体育大会 本来は「自治会対抗」だが…


 田老地区体育大会は戦争からの復興を願い1946年に始まりました。各地区の対抗戦で、今から30年余り前の広報によれば当時の人口5800人中、何と5000人が参加したと記録されています。
 しかし震災により地区対抗形式を断念。6年半たった今も自由参加型の大会が続いています。その理由は地区の基礎である自治会の現状にあります。

(参加者)
「津波の後まだ本当の地区対抗にはなっていない、まだまだ、自治会が固まらないうちはね」
 
 およそ2年前、「まちびらき」と銘打って復興事業の完成を祝った田老地区。高らかに復興を宣言しまちが生まれ変わる一方で自治会は解散が相次ぎその数は現在22。10近くも減ったままです。肝心のコミュニティの復興が追いついていないのです。旧市街地特にかつて最も栄えていた旧市街地の現状は深刻で区画整理後も一部では住民が入れる自治会のない状態が続いています。自治会主導で進めるはずのごみ収集施設の設置なども市が行っているのが実情です。
今年の大会では、今ある自治会ごとの応援スペースを設置する試みも

コミュニティーが再生してこそ「本当の復興」


 体育大会の打ち合わせを行う実行委員会の会合です。津田重雄さんは田老の地域振興を担う住民組織、地域協議会の会長を務めています。旧市街地、上町にあった自宅兼店舗は津波で全壊し会長を務めていた自治会も解散しました。

(津田さん)
「自治会作ってもみんな一緒に、仮設のように一緒にやろうと気持ちにはならない」「これからが本当の復興だと思う、田老は復興したなあという人もいると思うが、皆一緒になると言うのは大変」

 そんな中、体育大会も新たな取り組みを進めています。今ある自治会に声をかけ、かつてのように一緒に応援できるスペースを設置しました。防災集団移転により高台に作られた三王地区の自治会は今年春に結成され、今回初めて地区として参加しました。

 (三王1自治会 八重樫則夫会長)
「住んでいる人の場所が分からないんですよ。昔だったら人の声が聞こえていた、今は立派な家になって。団結する意味もあるし、全員が集まることがほとんどないので」

 一方、宮古市も自治会の再編を支援し、今年度中には空白地域を無くしたい考えです。

(田老総合事務所 前田正浩所長)
「個々の生活で大変だったと思います、まだまだ余裕はない部分も感じられるが 私たちができるフォローはしていきたいし 若い世代のリーダーを育てていきたい」

 まちを巨大防潮堤で囲まれ強い絆で結ばれた田老の人々。歴史あるイベントを繋いでいく決意に変わりはありません。

(田老地区体育大会 小林徳光実行委員長)
「続けていくことで、これからこの田老を自分たちで生活していくことを思います、この体育大会も生活の中の1つなのかなあと思います」
 
 ハード、ソフトの両輪があって成り立つ被災地の復興。田老地区の体育大会はその尺度を図る意味でも地域の象徴となり続けます。
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