IBC岩手放送

 
震災から6年半。岩手県内では今でも1万人以上の方が「仮設住宅」あるいは「みなし仮設住宅」で暮らしています。その現状を伝える「仮設住宅は今」。四畳半一間、傷みが激しい仮設での暮らしを余儀なくされている、陸前高田市の男性を取材しました。

 岩手県陸前高田市。横田小学校のグラウンドに建ち並ぶ仮設住宅。自治会長の釘子克己さん(64)です。陸前高田で生まれ育ち、電気工事の仕事などをしていた釘子さんは、気仙町にあった自宅を津波で失いました。両親や兄は震災前に他界。1人で暮らしています。

(釘子さん)
「夏冬同居している。こっちはダウン、こっちはTシャツ。そろそろ衣替えの時期ですが、これ以外にどうしようもない」

 震災の年の7月に入居して6年2か月。食事も寝ることも収納も、全てこの4畳半一間という不自由な生活が続いています。

(釘子さん)
「朝は折り畳みベッドを片付けて、テーブルを出して日記を書き、同じ所で食事、このテーブルで。とにかく全部、ここでやらなければいけない」
再建した自宅に戻る前に、亡くなる人も

老朽化が激しい仮設住宅


(リポート)
「建ててから6年以上経った仮設住宅は、あちこちが傷んでいます」

(釘子さん)
「このステップですね。これは一度、修理しましたが。いい例が隣。既に住んでいませんが、下地がダメになっちゃって。下が完全に腐っているんです。耐湿ベニヤを使っていなかったのかな。ひどい所は2回変えた所もある。踏み抜きそうになった人は結構いますね。危ないです」

 93世帯住んでいた仮設団地は、現在13世帯にまで減りました。今年2月には仮設で体調を崩し突然、亡くなった女性がいます。自宅を再建して住む予定が間に合いませんでした。

(釘子さん)
「83(歳)。毎日元気に散歩をしていた。まさかこういうことがあるのかとビックリした。気の毒の一言」
自宅があった跡で、これからを語る釘子克己さん

仮設で迎える7回目の冬


自宅跡を案内していただきました。辺りは土地のかさ上げ工事が進み、風景が一変しました。

(釘子さん)
「全然、わからなくなってきた。ここが確か諏訪神社。その向こうですね自宅は。この辺にもいっぱい家が建っていたんですよ」

 現在の仮設の入居期限は来年3月。釘子さんはその後、災害公営住宅への入居を考えています。

(釘子さん)
「家を建てても家だけでは済まない。生垣、(外構も)外構工事も税金も。それを考えると共益費を払えば良いから、仮設に入って知り合った人たちがいる所に行った方がいいかな」

 釘子さんの不自由な仮設暮らしは、間もなく7回目の冬を迎えます。
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