IBC岩手放送

 
東日本大震災の津波で松林が壊滅した、岩手県陸前高田市の高田松原で5月下旬、植樹会が開かれました。美しい松原を後世に伝えようと取り組み、再生に向けて大きな一歩を踏み出した人たちを取材しました。

(植樹会に参加した男の子)
「大きくなあれ、松の木大きく育て」

 5月27日、陸前高田市の高田松原で植樹会が行われました。全国からおよそ400人が参加して、20センチほどのクロマツの苗木1250本を植えました。震災の津波で壊滅した松林を再生するための、初めての本格的な植樹会です。

(女の子)
「早く大きくなって立派な松になってほしいです」
(女性)
「大きくなるのが50数年かかると言われましたので、ひ孫くらいの時代にまた大きく松原が再生することを願って、きょうは植えて帰りたいと思います」

 高田松原は震災前、およそ7万本の松があったとされ、「白砂青松」と謳われた美しい海岸は市民の誇りでした。それが東日本大震災で、松林は全長2キロの砂浜とともに、わずか1本を残して失われてしまいました。岩手県は高田松原の再生に向けて、3年で8ヘクタールに合わせて4万本の松を植える計画です。この日の植樹会はその第一歩です。
150本のクロマツとアカマツの苗木は、しっかり根付いた

昨年10月から試験的な植栽が始まる


(高田松原を守る会・鈴木善久会長)
「新しい高田松原のご先祖になる松です」

去年10月、再生へ向けて県と市民らが高田松原で、試験的に植栽を始めていました。松の苗がこの場で定着するかどうか調べるためです。景観だけではなく砂ぼこりや塩害などから街を守る、防災林としても松林は欠かせません。

(大船渡農林振興センター・中村勝義所長)
「安全で安心な生活を守るために、松原の造成は必要かと思います。あとは市民の方々の憩いの場にもなってますので、合わせてそのような形で今後、整備されていけばいいと思います」

試験植栽から7か月経った先月。150本植えたクロマツとアカマツの苗木は、しっかりと根付き始めていました。本格的な植樹も大丈夫です。

(大船渡農林振興センター・萩谷義久課長)
「半年以上経ってきて実際、春に育ち始めるんですけども、確実に活着して成長を始めていると判断しています」
植樹を心待ちにしていた「高田松原を守る会」鈴木喜久さん

松原再生への取り組みは苗木づくりから


 そして植樹会を心待ちにしている人がいました。NPO法人「高田松原を守る会」の鈴木善久会長です。震災前、高田松原の清掃活動などを行っていた「守る会」。震災発生後は高田松原の松ぼっくりから苗木を育てるなど、再生に向けた取り組みを進めてきました。
 この日は全国からボランティアおよそ50人が集まり、苗木の風よけに使う竹の簾=「竹簾」を作ったり、植樹の仕方を教わったりしました。

(ボランティア)
「まだまだ復興が進んでいないっていうのを目の当たりにして、手伝えることを、そういうものがあるんだったら、やっていきたいっていうかその思いで」

(鈴木会長)
「本当、皆さんのおかげで松の苗もこういう風に育っています」

 「守る会」は去年7月、高田松原の松の子孫とみられる、奇跡の一本松の根元に自生した松の苗も畑に移植しました。メンバーを活動に駆り立てているのは、美しい高田松原を取り戻したいという思いです。

(鈴木会長)
「みんなの温かい強い思いが結集して、いよいよ今年、植えるようになったんだということで、だからいよいよ始まるっていう気持ちで気持ちが踊っています」
植樹会には全国から400人が参加し、1250本の苗を植えた

「白砂青松」の高田松原へ植樹会


 植樹会当日です。鈴木会長は高田松原の松ぼっくりから育てられた、高さおよそ1.5メートルの苗木を植樹しました。

(鈴木会長)
「みんなでこういう風に植えることができた。本当に嬉しい、ありがたい。きょうすごく大きな力を感じました。この力をこれから高田松原が、松が立派に育っていくように、がんばっていきたいと思います」

 今もなお、多くの人の記憶に残る美しい高田松原。かつての姿を取り戻すその日まで、再生の取り組みと努力が続きます。

(鈴木会長)
「白砂青松の高田松原が、ちゃんとなっていくのを見守っていってほしい」
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