IBC岩手放送

 
11月5日は東日本大震災を踏まえ国が定めた「津波防災の日」でした。この日はまた、国連が制定する「世界津波の日」でもあります。今年の「11月5日」、東日本大震災の被災地で行われた防災の取り組みを取材しました。
 津波防災、世界津波の日の朝。宮古市田老地区です。この日はじめて開かれた、「歩いて・考える」防災イベント。

(案内)「東日本大震災津波が来る前は4000人のまちだった、明治三陸大津波から120年の間に大きくなってきたまち、どうしてこうなったのか、田老の歴史を考えていただければ、その間に昭和の津波があり、それを乗り越えてこれだけのまちになった。」

「津浪太郎」とも言われる津波の常襲地、田老地区。まちの歴史はそのまま幾年月にも渡る津波被害の歴史と重なります。参加者は世界最大級の防潮堤を皮切りに、津波慰霊碑や、東日本大震災でも多くの人が避難した赤沼山への道を巡りました。

(参加者)「これで大きな防潮堤ができて、皆これで大丈夫と言う気持ちになって、本当に大きな津波が来た時にちゃんと逃げるかなと。」「現場を歩いてみて当時を思い出すことは大事たと思う。」「私たちが学ばなくてはならないことがたくさん石碑などに刻まれているのを痛感した。」

「田老防災ポイントウォーク」を企画したのは、地元のNPO法人です。震災から5年8か月が過ぎまちの景色が大きく変わる中で、防災の取り組みを民間の力で地道に続けています。

(NPO立ち上がるぞ!宮古市田老 大棒秀一理事長)「田老のこれまでの被害を伝えて皆さんに共有してもらうことによって被害を軽減していくことが、世界津波の日の使命だと考える。」
宮古市内で開かれた「市民の集い」

「避難することから始めよう」


一方、この2日前には、宮古市内で「市民の集い」が開かれました。

(岩手大学・齋藤徳美名誉教授)「6000人が犠牲となった、惨敗ですよ、何をやってきたんだ、我々研究者も何したんだと言う思いで打ちのめされました、だけど、必ず津波はまた来ます。」

 満席となった会場で講師を務めたのは岩手県の防災の第一人者、岩手大学の齋藤徳美名誉教授です。家族、親せき、知人─。身近な人々を失った参加者を前に齋藤名誉教授は地元の専門家として最初に反省の言葉を述べました。その上で「避難することから始めよう」と訴えました。

(齋藤名誉教授)「年に1度は避難場所に行けば、足が向く、避難場所の訓練をやりましょう。津波から身を守ると言うのは読み書きそろばんを学ぶと同じように必要な知恵です、子どもたちが大きくなれば、また受け継がれます。」

(参加者)「最終的には命を守る」「訓練が大切だと」「一番最初に避難する、避難が大事」「考えているだけではなく、実際に行動に移すことが大切」
市民を対象にした地域でのワークショップ

「防災意識」というソフト面の向上が最も大切


 宮古市は震災を教訓に今年3月、津波避難計画と避難所の開設・運営マニュアルを策定しました。これを元に、市民を対象としたワークショップを続けています。計画やマニュアルを「作って終わり」にしないためです。

(宮古市・芳賀直樹危機管理監)「市民の方々、現地に赴いて、色々な意見を交換することによって、整えていく規則、制度、役割分担をうまく進むのではないかと考えています。」

 新しいまちの形が少しずつ見えてきた被災地。防潮堤を始めとする、防災の「ハード」面が充実してきています。とはいえ、私達が震災で学んだはずの基本、それは一人一人の防災意識という「ソフト」面の向上が最も大切だということ。「津波防災の日」はそのことを忘まいと訴えています。