三陸沿岸では、 かつてないスピードと規模で、 道路の工事が進められています。

津波により多くのまちが機能停止に追い込まれた被災地。その中で多くの命を救い物資の輸送に力を発揮したのが海岸から離れた場所を通る、三陸沿岸道路でした。
国は震災から半年余りたった2011年秋に、青森県八戸市から宮城県仙台市までを結ぶ三陸沿岸道路を「復興道路」と位置づけ、手つかずだった残り148キロを新規事業化して10年間での完成を目指すと宣言しました。

工事の中心を担っているのが 国土交通省三陸国道事務所。

「(復興道路の)全区間で工事が着工しておりますので、具体的に進んできていると。遠くない時期に開通をするように我々としても鋭意進めてきたい」(三陸国道事務所 永井浩泰所長)

工事の中心を担っているのが国土交通省三陸国道事務所です。震災前と比べ職員は30人増やされ扱う事業費も6倍にまで拡大しています。
「三陸沿岸道路小本トンネルに来ています。全長は1100メートル余り、1日3メートルから4メートル北と南から掘り進んでいます。24時間休みなく続く復興工事の最前線です。」普段は見ることのできない山あいを通る復興道路の工事現場を特別に許可を得て取材しました。

宮古南インターと山田インターを結ぶ<山田宮古道路>

「今年3月復旧工事が始まったJR山田線と交差する形で橋が作られている山田町豊間根です。ここはかつては一面の田んぼが広がっていた場所でした。それが工事着手から1年半でルートの全体像が見えるまでに工事が進んでいます。」山田宮古道路は延長14キロ。2017年度の完成が見込まれています。3キロも続く直線は三陸沿岸道路でも珍しい光景です。所々に置かれたブロックはプレキャスト工法で作られる土台。工場で製品化することで人員不足を補っています。
「トンネルや橋と言った構造物の比率が約3割となっていて、地域住民から見られるような現場になっています。」(佐々木博樹山田宮古道路建設監督官)

岩手の南北と東西を通る<宮古盛岡横断道路>と<三陸沿岸道路>が交差

「宮古市松山地区にある標高30メートルほどの高台に来ています。私の背中を南北に貫くのが三陸沿岸道路、向こうの山を切り崩した所から東の方に抜けていくのが宮古盛岡横断道路、ちょうどその交差するポイントがこの場所になります。」
交通の要衝となるこの場所は100万立方メートルの土砂を切り崩して工事が行われています。ここから宮古の市街地を避けて南北に行けるだけでなく、東西も盛岡と宮古港のある藤原埠頭までトンネルと橋で最短ルートを通ります。管内では一番長い502メートルの閉伊川橋も去年夏から工事が始まり、3年後の完成が見込まれています。
「昼夜、夜間も施工している状況なので市街地ではあるが復興も徐々に進んでいると」
(宮林克行千徳・小山田道路工事建設監督官)

岩泉龍泉洞インターと田老北(仮)インターを結ぶ<田老岩泉道路>

そしてもう1か所、道路とまちづくりが融合した場所です。「津波で甚大な被害を受けた岩泉町小本地区、その復興まちづくりがこの場所で行われています。三陸鉄道と共に中心となるのがあちらに見える三陸沿岸道路です」
岩泉町小本地区では海から離れた場所で三陸鉄道と三陸沿岸道路を核とした復興事業が進められています。集団移転先の宅地は3月で完成しそばには役場の支所や診療所、また認定こども園と移転する小中学校もここに作られています。2017年度の完成予定です。
「色々な施設があっと言う間に建ちあがってきて順調に進んでいる。より良いまちづくりにお互いに貢献できれば」(三陸国道事務所 金濱巨晃田老岩泉道路建設監督官)

三陸沿岸道路は完成まで通常15年と言われる道路工事を倍以上のスピードで整備が進められています。

完成すれば八戸・仙台間がこれまでより3時間も短い5時間に。しかも沿岸は雪が少なく、通行料金も無料です。
「地域が人口減少と言う課題を抱えているので、道路の基盤整備をフルに活用していただいて、交流人口の拡大を考えていかなくてはならない。」(三陸国道事務所 永井浩泰所長)

交通ネットワークの充実は震災前から沿岸の悲願でした。復興道路、復興支援道路が単なる通過する道とならないよう、今から考えていく必要があります。

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