10月13日。絶好の秋晴れのもと67回目となる田老地区体育大会が行なわれました。

「田老の元気、田老の底力を十分に発揮し精一杯競技することを誓います。がんばっぺし田老!」(田老第三小学校・畠山陽光くん)
今年のテーマは「起ち上がろうふるさと田老の復興」。震災後も途切れる事の無い地域の伝統です。
田老地区体育大会は終戦翌年・昭和21年にスタート。「昭和三陸津波」そして「戦争」からの復興と共に盛り上がっていった、いわば地域の灯火でありました。
各地区の対抗戦で昭和58年当時の人口が、およそ5800人の中、参加者がなんと5000人と言う田老挙げての一大イベントでした。

しかし田老が誇る伝統の行事も、震災で大きな影響を受ける事に。

チーム編成の基礎となる自治会。震災前は31ありましたが、うち、11が解散に追い込まれました。仮設住宅に成立した自治会はたった一つ。
大会の基盤となるはずの地域コミュニティが崩れてしまいました。
宮古市内で行なわれた地域自治組織の研修会で、自治会組織の代表の一人であり体育大会の会長も務める林本卓男さんは、こう訴えました。
「およそ半数の方々が自分が所属する自治会を失ってしまった。」
「震災前の近所付き合いとか昔からそこにあった地域のコミュニティがなくなってしまった。」

震災後は、「地区対抗」と言う看板を下し、個人参加とした田老地区体育大会。

各地域がこぞって作った特製の観客席はなくなり、参加者も30年前の5分の1以下に。特に大会の運営を担う、30・40代の若手の参加が激減しました。
それでも、伝統の大会は健在。一頃より参加者は、減ったものの、ウニやアワビ、鮭の模型を獲って競争するユニークな「田老名物」など笑顔溢れる温かいイベントとなりました。

「当面はこういう形の大会を辛抱強く続けていく中から、新しい世代の方々に参加を促していって、何とか将来につなげて行きたいなあと思っています。」(田老地区体育大会林本卓男大会長)

復興事業が急ピッチで進む田老地区。新しいまちが作られる中で、自治会ができ、大会のスタイルも、「地区対抗」に戻る事が期待されています。

震災以降、人口減少とコミュニティの分散が続く田老地区。 温もり溢れる体育大会は、復興の尺度を計るという意味で、今後も「地域の象徴」であり続けるのです。

【この記事の動画はこちらから】
<前へINDEX次へ>
県内のニュースを、いち早く、分かりやすくお伝えします。
【放送日時】 月曜日~金曜日 18:15~18:55
【キャスター】 照井 健、甲斐谷 望、松原友希、浅見智

>>ご意見・お問い合わせ