震災では県内でも視覚障がい者が犠牲になりました。

1人での避難が困難な、災害弱者と呼ばれる人の命をどうすれば守れるのか、視覚障がい者の証言を元に考えます。

「津波の速さと私たちの歩く速さと、どっちが早いかということで、もしかしたら避難所に行くまでに津波が来るんじゃないかと、それが気がかりで、気がかりでね」(中村亮さん)

日盲連では、障害者の命を守る「防災の町造り」を目指し、「障がいのある側」の立場で、震災を伝える「語り部プロジェクト」に取り組んでいます。

「震災語り部」として震災発生時の状況を中学生に伝えたのは釜石市に住む、全盲の中村亮さん59歳です。

釜石港から400m。町の中心部にある中村さんの自宅兼鍼・灸の治療院。津波は、2階の床上50センチほど浸水し、大規模半壊。建物を改修し、弱視の妹と2人暮らし。あの日、次の患者さんを待っている時に大地震が発生。ラジオで、防潮堤を津波が、超えたことを知り近所の人の助けを借りて、避難場所へ。
中村さんと、避難経路を一緒に歩いてみると、どんなものが避難の妨げになるかが、わかります。
「この歩道、目の前に電信柱があって、そしてワイヤーが飛び出していて、危ないですね」(神山アナ)
「歩道の真ん中に障害物があるのが困る。電信柱、自転車、オートバイが歩道にはみ出して置いている場合もある」
弱視の人には黄色が目印になり、全盲の人は、足を乗せることで、歩道を認識できます。
「避難する場所までは点字ブロックをつけてほしい」
中村さんは、視覚障がい者の避難に必要なのは、避難路の整備に加えて、「周りの人とのつながり」だと言います。

「今回、私達が逃げられたのも、近所の人に気をかけてもらったからだと思う」

盛岡で、はり・灸・マッサージの治療院を営む弱視の佐藤明さん56歳。陸前高田の自宅を津波で失い、盛岡に引っ越しました。陸前高田では地域の自主防災組織で役員を務め、特に「一人で避難が困難な人」に避難訓練に参加するよう、呼びかけを行っていたそうです。しかし、訓練に全員が、参加する事は、無かったといいます。そして一昨年の大震災…。
「自発的に逃げられない人が逃げ遅れて被災してしまいました。そこを徹底した訓練が想定できなかったです。本来ならそういう人こそ、常に平時から訓練をすべきだった。」(佐藤 明さん)
津波から逃げる際、誰かのサポートが必要な視覚障がい者。しかしその一方で、津波が来たら、各自、てんでんばらばらに高台に逃げるという「津波てんでんこ」という言葉もあります。

「てんでんこは必要だと思うし、私達がお願いしているように、周りのサポートも必ず必要だと思う。」

「避難しなければならない方々は、避難しなくても良いような場所に住んでいただく。そして、要援護者の数を減らすことが本当の意味でのリスクの軽減になる(釜石市 山崎義勝 防災危機管理監)」

釜石市では今後、避難場所までの誘導看板の設置や、避難路のカラー舗装化等を進める計画です。

全ての人が、自然災害の無い場所に住むことは難しいのが現状。

今後の防災対策に「災害弱者」への配慮を、組み入れて行く必要があります。災害による犠牲者を、二度と出さない為に。

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